PTU ジョニー・トー監督

2003

みなさんこんにちは。今回はジョニー・トー監督の2003年の香港映画PTUを鑑賞しました。
どこか表情を逸失した大人たちが亡霊のように彷徨っている香港の雑踏の夜の雰囲気と、薄汚い食堂で火鍋を囲む行き場のない若者たちの描写が素晴らしかったです。
主演はジョニー・トー作品といったら、必ずこの方というくらいの常連のLam Suetで、よほど監督は、この個性的な俳優を好きなのだろうなと思います。どの作品を観ても、本当に表情豊かな、ジョニー・トー作品にぴったりな、よい俳優さんだなと思うけれど、本作でも、縋るように煙草を吸う警官を好演しています。彼ほど、どうしようもなくて煙草を吸う、という感じをだせる俳優さんは他にいません。小生も、今はあまり吸わないけれど、若いころは、たくさん煙草を吸っていました。フィリップ・モリスという小生が愛飲していた、すでに廃止になった銘柄は、小生の青春の味です。
煙草というものは、行き場のない味がするものですから、青森出身の歌人の寺山修司さんも、
マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや
と詠んでいますね。
閑話休題。
生真面目で背すじの伸びた性格ながら、少しの臆病さを他人の視界から隠している女性警官を演じたのは、Maggie Shiuで、現場のカオスの渦中に、義と悪が原型を留めないほどに凭れ掛かり合って混濁した異臭を放ちながら、スライムのように形を変えて取り込まれてゆく男たちと違って、ただ1人だけ胸の内に清廉な理想を秘めているような雰囲気の好演です。ただその理想も夜明けの香港のリアルな町の喧騒のなかに、乾いた音を立てて、あえなく崩壊してしまう。
本作は、彼女の心の内側にあった体現できなかったものさえも取り込んでしまう香港という町の煩わしさと、冷たさ、そうして、その町に生きざるを得ない人々1人1人の魂を描いた、ジョニー・トー監督の、間違いのない重厚な逸品でした。
正しさとか間違いといった、ともすれば頭の中で肥大化してしまいそうな概念よりも、もっと大きな避けきれないものが否応なしに蠢く、この世界そのものの、グロテスクなありさまが、それでも尚、止まらない人間の魂への深い希求の眼差しとともに、美しく活写されている、ほんとうに素晴らしい作品でした。

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