ジョニー・トー監督 スリ

2008

香港フィルム・ノワールの名匠、ジョニー・トー監督の『スリ』という映画を鑑賞しました。
『シェルブールの雨傘』や、『イースター・パレード』、『雨に唄えば』のような往年のミュージカル映画の傑作群さえも思わせるような、ダイナミックでカラフルな(カラフルな、と云うことは色合いが多彩である、という意味ではなく、カメラの節々に色が溢れるような、映画そのものに滲み出るような色彩が豊かであるという意味です。)なカメラ廻しが印象的な、ジョニー・トー監督の、とても贅沢な作品でした。楽しい映画というものは、こういうものだよな、と唸らせてもらいました。
はじめに文鳥が部屋に迷い込んでバイクにとまる啓示が、主人公の男性にとって不吉なのか幸運なのか、わからないままドラマが進んでゆくなかで、そうして文鳥のように、ミステリアスな女性が彼の部屋に迷い込んでくる。。。リズミカルで文学的なドラマの立ち上げが見事です。
油ぎった床の匂いが漂ってきそうな食事のシーンや、壁にもたれて煙草を吸うシーンなど、随所にみられる生活のたくましさと孤独感が、いかにもジョニー・トー監督らしいところだと思います。
そうした、香港の疲れ切った下町の気配に、ドラマのリアリティが濃厚に漂っています。
ほとんど様式美のようなスリの技のかけあいの場面では、鈴木清順監督の作品のように、描き方、場面の美しさ、ショットの角度の美しさに重きを置いていて、その戦闘じたいは、とてもゆったりと展開します。
緊迫のさなかで実際に起こったことと云えば服を切った、モノを盗った、擦れ違った、睨み合った、舌に隠し持った刃物を見せたくらいで、殆ど何も起こっていないと云えば、何も起こっていないとも云える。。。
ジョン・ウィックやマッドマックスのようなハイスピードのかけあいも、いかにも映画という気分で最高に盛り上がるけれど、ジョニー・トー監督の、この凄みのあるゆったりとした時間感覚もまた、抗いがたく、捨てがたく魅力的だなと思っています。

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