今回は1983年の映画”Pink Cut”を拝見しました。
森田芳光監督作品。
良い意味でおおらかな作品で、とても面白かったです。
主演は伊藤克信さんで、飄々とした、何か超越したような暗味のなさが、却って恐ろしいと云うか、その振れ幅の遠さ、オクターブの高さが、青春らしいのかもしれないと思いました。青春のただなかにいるときは、自身の暗さやジメジメとした湿気については自覚があっても、こうした超越したような禍々しさの奇怪さと云うのは、かなり後になって振り返らないと判らないものです。
夜の公園で掛け声を発しながら、奇妙な運動をするシーンなどに、そのおかしさが際立っていますが、けっきょく小生の青春も、思い返せば、夜の公園の伊藤克信さんの奇怪な様子と同程度が、それ以下のレベルの発作に過ぎなかったと、今では悲しみと共に思っているので、そういう意味では、自分の本当の姿を直視することは、あまりにも辛すぎて、涙なしでは見られないシーンなのかもしれません(苦笑)
そうした気配の寒々しさを客観的に愉しむことは、かなり大人になってからでないと無理なので、そうした意味では本作は、ルールの上ではR18ですが、本作の魅力をほんとうに理解するためには、R30と云っても過言ではないのかもしれません(^^;)
女優陣には、寺島まゆみさん、井上麻衣さん、渡辺良子さん、山口千枝さんが出演されています。皆さんとても魅力的ですが、井上麻衣さんが、とても綺麗でした。
いっけん情が深そうに見えて、実はとてもサバサバしていて、就職がいっこうに決まらない主人公をさっさと捨てて、次のよくできる男を探してくる。その時の表情の軽薄さが、男としては、けっこうつらいよなという気持ちになり、とても印象的でした。
そうした丁寧な心理描写の上で、ケーキを顔にぶちまけたり、ビールを顔にかけるショット、クライマックスのダンスシーンでの自由さには、この閉塞的な世界のなかでの、風通しの良さと云う趣がありました。監督が、世界の壁に際しては、こういう打ち破り方もあるんだよと、ゆっくりと教えてくれているように感じました。それは、別にそのシーンだけにそう感じられることではなくて、映画全体が、しっかりとそういうことを語ろうと、きちんと機能しています。この猥雑な映画の奥に潜む、そういった文体の意図をしっかりと読み取る懐の深さが製作陣、また、それを受け取る大衆側に、言葉にしなくても、しっかりと根付いていたので、この監督は、この後、何年も何年も、第一線で映画を撮り続けることが出来たのだと思います。
こういう映画を一本見るだけで、日本文化がいかに素晴らしいか判ります。荷風っぽい言い方をすると、「命が伸びる」気がします。いや、これはさすがに云いすぎたかも(^^;)
パーラメントのゴミ箱やマルボロの灰皿が主人公の部屋にあるのが時代を感じさせてよかったです。販促品で実際に世の中にああ云ったものが出ていたのでしょうか。禁煙ファシズムがはびこる現代社会では、ちょっと考えられない世界です。
余談ですが、禁煙ファシズムという言葉は別に冗談ではなくて、ヒトラーが煙草を嫌っており、当時、禁煙を奨励していたので、ドイツでは禁煙・禁酒に国が一丸となって取り組むことが、長年タブー視されてきました。
何かの悪いところを認めて、みんなで束になって糾弾するのは簡単です。ただ、それだけでは世の中うまくいかないようになっているんですね。
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