青山真治監督の『冷たい血』を拝見しました。
現代劇ではなく、未来劇でもない、謎めいた処刑隊がジープで闊歩する街で、拳銃を奪われた警官が愛の意味に苦悶する物語です。
本作に於ける処刑隊は、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「Blowup(欲望)」で、街を大騒ぎしながら暴走するフーリガンの若者たちを思わせる存在感ですが、彼ら・彼女たちが極端に没個性的で、街の風景として目的も意味もない、ひとつの起こった世界の様相として描かれているところが、とても映画的で良かったです。
映画的という言葉は安直すぎるというか、意味不明で語弊があるが、このばあい他に適当な言葉が思いつきませんでした。それほどに、青山真治監督が、とても真摯に映画に生き、映画を愛し、そうして映画を撮っている感じが、画面いっぱいに顕われていると思います。
監督・脚本・製作・編集のみならず音楽まで担当されている監督の多彩ぶりに、驚愕の念を禁じ得ません。笛とピアノを用いた無国籍風の孤独感の溢れる音楽は、「Sad Vacation(サッド・ヴァケイション)」の音楽にJohnny Thundersを起用した監督らしい趣味の好い、とても好いものでした。
本作は、様々なことが起こりますがつまるところ、一人の人間が世界のある地点からある地点へ移動し、変容し、何かを失ってゆく様を描くという構成になっています。その際に、世界の様相を過剰に語り過ぎず、あくまでもひとつひとつが陰鬱な、しかし強い意味を持ち得る現実のディティールそのものの物悲しさとして語っているところに、この作品の強みがあります。同じような傾向の作品に、先に挙げたミケランジェロ・アントニオーニの監督の「欲望」や、ヴィム・ヴェンダース監督の「Paris, Texas(パリ、テキサス)」、ジャック・リヴェット監督「Le Pont du Nord(北の橋)」、ジム・ジャームッシュ監督の「Permanent Vacation (パーマネント・ヴァケーション)」などの作品があると思います。本作は、これらの歴史に残る傑作に較べると、やや小品の印象ですが、それでも、しっかりとした真摯な語り口が素晴らしく、これらの作品に比しても、決して劣らない魅力を放っている作品だと思います。
とりわけ、クライマックス付近、野球場で踊る二人を遠くからじっと映すカメラは、ほんとうに素晴らしかったです。あんなにも遠景であんなにも長回しで、なにか生きることの悲しみをじっと浮かび上がらせるすごみがあり、じっと観ていると、ほんの少しだけ涙が出てきてしまいました。
それからの男一人のカットバックと、扉に消えてゆく、綿々と続いてゆく明日の、そっけなさと寂しさ。どうして我々は多くの語り得ないものを抱えたまま、明日へと消えてゆくのでしょうか。
主演はRyo Ishibashi(石橋凌さん)で、心の奥に巣食う焔を曝け出すこともできない侭に、虚ろな町から町へと放浪する孤独な男を演じて、たいへんに渋い好演。
一方向に向かって斃れようとするだけで、決して戻ることを知らない駒のような、壊れやすい恋人たちを演じた、鈴木一真さんと、遠山景織子さん、この世界のすべての完成し得ないものを全身で体現するかのような、お二人の素晴らしいダンス・シーンの儚い遷ろいを、忘れることができそうにありません。
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