家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像 インベ カヲリ★

2021

発売してすぐ拝読していたが再読。
小島受刑者は、障害者であるために、他者や家族とコミュニケーションをとることが困難である。他者だけではなく、自分の心さえ正確に捉えることができない。誰でもある程度は人とうまく関われない、自分のことがわからない、ということはあると思う、小生も、ある程度は、ある。しかし、小島の場合は、その生きにくさが他の人よりも群を抜いて、つらかったのだろう。また、他の人たちにとっては、わかりにくい障害だから、病気とは思われず、ただの性格が悪い人とでも捉えられて、つらかったと思う。
著者のインベカヲリ★さんと小島との奇妙なやり取りを拝読しているだけで、小島の周囲との溶け込めなさ、馴染めなさ、居心地の悪さは、なんとなく想像がつく。それだけに、周囲の人々が助けることができなかったことが、助けられる人が近くにいなかったことが、悲しい。
小島の母はボランティア活動に熱心で、小島が最も母を必要とした大切な時期に、小島のそばにいることがなかった。そのことで、小島は、母の愛を求めるようになる。彼の母がボランティアをして助けていた人たち - ホームレスや、受刑者たち。彼らのことを、小島は羨ましく、おもう。小島はおもう、自分もまた、彼らのようなホームレスになり、受刑者になることで、自分も母の愛を受け取ることができる。だから小島は祖母の家を出てホームレスになり、新幹線で隣の席の女性ふたりを襲い重傷を負わせ、彼女たちを助けようとした男性を殺害した。
これは、ひとつの側面であり、すべての理由ではないが、小島は、母に振り向いてもらうために、殺害したという、ひとつの側面が、たしかにあると想像できる。そのことは小島本人は、否定するだろう。彼は刑務所に入るために死刑にならない人数を殺したと述べている。しかし、本著を読んでいると、「お母さんに自分のことを見てほしかったから人を殺した」という側面を否定することはできないと考えられる。
著者のインベさんがそうした結論を導き出しているわけではない、ただ、そういう可能性を憶えていることは文中で言及されている。事件の原因はひとつではないだろう、十も二十もあるのかもしれない。ただ何十、何百とあるのかもしれない理由、動機のうちのひとつは、自分のことをお母さんに見てほしかったから、ということであったように、小生には思える。
繰り返すがインベさんはそういう結論を導き出して書いてはいない。小島との奇妙なやり取りを正確に、客観的に淡々と描いている。写真家であるインベさんの筆致は、横浜刑務所の待合室の雰囲気と言った、いっけん事件とは無関係な風景を含め、普通の人間の眼には見落とされてしまいそうな豊富なデティールを丁寧に描いている。だからこそ読み手は小島の心中をかなり具体的に、自由に想像することができる。実際にナタを振るいたくなるほどリアルにではないけれど、小島が感じていた痛みや生きずらさ、つらい思いなどは、ひしひしと伝わってくる。自分の内側にあるそうした痛みの記憶と照らし合わせながら、今日の他人のために何ができるか、少し考えるけれど、結局のところまだ自分自身を救えていない、自分のことを生きるために、それで手が塞がってしまい、何もできないでいる。
亡くなられた被害者の方のご冥福を祈ります。
大怪我をされた女性の方々のご回復と心身のご健康を祈ります。

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