江戸幕府や地方の諸藩に重用された武士の方々のうち、江戸の太平の世相や、それに続く明治維新への大きな流れのなかで職を失った人々は、浪人として江戸に流れました。幕府や諸藩は失業対策を為さないままに、彼らに早く職に就くように促すような御触れを出すばかりで役に立ちません。そうして彼らの一部は乞胸という辻芸人のような存在になりました。
げんざいの日本でも、失業者や低賃金労働者の問題は常にあるけれど、武士という職業の必然性が平和のために薄れてしまった中期〜後期の江戸時代にも根深い問題であったということを、本書を通して知りました。
乞胸という方々は、初めのうちこそ武士の誇りである帯刀を許されていたけれど、やがてそれも禁じられ、芸人や物乞いとしての渡世になってくると身分の上では武士から流れていても、もはや実態はかけ離れてしまい、やがて身分制が廃止される前からすでに、彼らの存在の危うさは根深いものがあったと云えます。
職業の一部として「物乞い」が成立した背景には、施すことを「他人のため」でありながら、「自分のため」にもなり得るという当時の仏教的世界観が影響しています。現代社会においては、葬式や線香や彼岸など、仏教の形式だけを僅かに残して、仏教の思想自体は大幅に薄れているため、現代社会には「物乞い」という職業が成立しなくなっています。
ただ成立しないだけでなく、官憲が頭ごなしに彼らの生き方を「許可しない」などという横行が、明治時代からすでに始まっています。「物乞い」という職業は許されないという常識が、仏教の影響が薄まった現代社会に起こった新しい観念であるということに驚かされました。
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