私は、もう、余生に対して現世的な望みはもう何もないのだが、一昨日はシチズン時計の株を買いました。(購入数:100株 単価:607円)
投資というと、人によっては現世的な望みの極致というニュアンスもあるだろうけれど、私の場合は自分の持っているお金を一度、戻ってくる保証もない、倒産して0円になる可能性もある中で市場に出してしまうという意味で、現世にはない軽みを感じています。
自分の資産を投資することで、リターンが欲しいというよりも、つまらない現実からなるべく離れてゆきたいという気持ちが強いです。それは確かに可能性であり、同時にリスク以外のなんでもないという状況は、すでに自分の手に負えない範疇であるという心境です。
お金は、もう私の、元にはいません。いま、働きに出ています。帰ってくるかもしれないし、帰ってこないかもしれない。私にはわからない。私の預かり知るところではない。
自分が関われないものに対しては、思い煩う由縁もなくて、どうなっても良いという気持ちで手放したお金の行先に、それほど強い執着はありません。
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