最初の2話くらいは、タイトル・クレジットを観ただけで、頭の中でドクター・ドレのThe Watcherが(エミネムの声とともに)パブロフの犬式に流れてくるので、雰囲気がまったく合わなくて閉口しましたが、三話目くらいから、このドラマに急速に引き付けられるにつれて、そうした症状は治まりますので、小生と同じ音楽ファンの方も、そのあたりは気にせず、是非ご覧になってみてください。
以下、ストーリーの重要な部分に触れるので、未見の方はお読みにならないでください。
本作は、一見、「普通」の人々がじつはぜんぜん普通ではないということ。普通に生きている人々が常にだれかを虐げ、傷つけ、排斥しながら、そうとも気付かずに日々の惰眠を貪っていること。そういうこの現代社会の病理を克明に描いた、素晴らしい作品に仕上がっていると思います。
結局、最後まで、The Watcherが誰なのかもわからず、主人公の男性の立ち位置も、いつの間にか「観られる側」から「観る側」へと、境界を踏み越えてしまっているが、どこが境界だったのかもわからない。視線のひとつ、表情のひとつだったのかもしれません。
彼が喪ったものは、なんだったのかもわからない。
そもそもはじめに何かを持っていたのかも、わからない。
描けないけれども確かに、何かを喪ってゆく過程が描かれてゆく。
曖昧なものを曖昧なままにするという、制作陣の強固な信念が素晴らしいです。ミケランジェロ・アントニオーニやジャック・リヴェットの最高の作品もそうなのですが、わからないもの、曖昧なもの、実態を伴わないが確かに其処にあるものに、無理な解釈や形を与えず、そのままに画面に表現できている作品は、ほんとうにレベルが高い一流の表現者にしかできないことで、素晴らしいと思います。
こういうThe Watcherのような素晴らしい作品や、アントニオーニやリヴェットが遺した人類の素晴らしい遺産が、この世のすべてが理屈で説明できるわけではないということを、とりもなおさず証明しているような気がするのは、小生だけでしょうか。
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