『わが人生処方』吉田健一さん

吉田健一さんの文章は、深い知性に裏打ちされた常識と良識があって、読んでいるだけで、こちらの懐がほんの少しだけ深くなるような、そういう美しい文章だと思います。誰かが真似をしようとしてもできない、絶対に吉田健一さんにしか書けない文章で、そういうところが非常に魅力的だと思います。今回、本書に収録されている「余生の文学」という章を読み、特に印象に残りました。人間の中に安易な希望とか、この世界への期待のようなものがあるうちは、文学というのは生まれないのだということがわかりました。昔、読んだジャン・コクトーの「負けの美学」（負けることを知らない者は負けだ）という言葉にも通じることかなと思います。