ロバート・アルトマン監督の1975年の作品”Nashville”を鑑賞しました。決まった一人の主人公がいるわけでなく、ある空間に存在する大勢の人々を並列的に捉える、いわゆる群像劇というスタイルの映画ですが、群像劇を撮らせたら超一流と定評のあるアルトマン監督の名人芸を、心ゆくまで堪能できる珠玉の一作でした。
この映画に描かれている人々には、いわゆる「映画の登場人物らしい」紋切型の性格設定がありません。無論、完全に紋切型の人物というのは、どの映画を観ても存在しないわけですが、アルトマン監督が人々を自然らしく描く手腕は特に秀でており、一人一人が、まるでナッシュヴィルという街に、ただ生きているような、そんなリアリティを持っていました。アルトマン監督は人間の精神の奥底を眺める眼目を持っており、ありきたりな、ドラマティックな表現に拠らなくても、淡々とした描写の中で、人々の魂の揺らぎを捉え、スクリーンに投影してゆきます。
アルトマン監督にとって、人間とは理解するものではなく、理解できないほどの深みと個性、そうして揺れ動く心を持った捉えがたい存在であり、そうした視座に立ちながら、監督は1シーン1シーンを、丁寧に積み上げてきます。
どこかのシーンで大きな何かが暴かれるでもなく、とくべつな誰かのとくべつな何かが世界を動かすでもなく、本来、私たち1人1人それぞれが持っている測りがたい揺らぎ、嘆き、愉しみ、悲しみ、おかしみ、個性、その心の幅のひとつひとつを逃すことなく捉えるアルトマン監督のおおらかな眼差しが、非常に心地よい映画でした。
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