古代ポンペイの日常生活

2010
  • 本村 凌二さん
  • 講談社学術文庫
  • 2010年

古代都市ポンペイに残っている落書き(グラフィティ)から、人々の心理の遍歴を読み解く試み。リドリー・スコット監督のとあるハリウッド映画の題材にもなっている、当時の残虐な格闘技に関する落書きが、ずっと何か固有の意味を持つ名詞の略語だと思われていたものが、単に剣闘士が左利きであるから、右利き同士の試合とは勝手が違って面白いので、そう記されていたものだったと近年、判明したというところなど、考古学のリアルな実情が伝わってきて面白かったです。ポンペイという街は、かつて大火山の噴火により火山灰に埋れ、当時の街並みがそのまま残ったという特殊な事情のある古代都市で、そのような遺跡から夥しい量の落書きが発見されました。言葉というものの不可思議さは、それがテキストとして成立したときに何らかの共通の一般的な意味を持ち得るものということには、まったく留まっていません。かつてウィトゲンシュタインが云ったように、誰かによって発せられた言葉は、固有の意味を持つもので、その言語の発生する場によって場とともに機能し、交換不可能であると共に再現不可能です。だから、当時のポンペイの壁の落書きを丹念に調査することで、今この世界の様相が変容し、そうして今この世界を象っている言葉に、新たな光を与えることができます。そうやって過去から現代へ想いを向けることを昔の人は、温故知新という素晴らしい言葉で表現しています。皆さんも少し時間がありましたら是非、火山灰の奥深く秘められた人々の心の綾に、ちょっと目を向けてみてください。

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