ジョン・T・アンガーは、ヘイズというミシシッピ川沿いの小さな町の中では、何世代にも渡ってよく知られている名家からやってきた。ジョンのお父さんは幾つもの白熱したゴルフ大会において優勝をかっさらい、ジョンのお母さんはその政治的な立ち位置から、地元の言い方で「熱い箱から、熱い寝台まで」行き届いた女として有名だった。そうして若きジョン・T・アンガーは、まだ一六歳になったばかりなのにも関わらず、ニューヨークから聞こえてくる流行のダンスはすべて長ズボンを履く前に踊ってしまった。そして今、ついに、彼も家を出るべき時がやってきた。ニュー・イングランド風の教育への尊敬というものは、どこの田舎町でもそうであるように、未来ある若者たちの健やかな日々の瑞々しさをすっかり吸い取ってしまい、彼の両親にしてもその影響から免れなかった。ボストンの近くにあるセイント・ミダス学校以外、いかなるものも彼らには適さなかった。ヘイズは、彼らの愛しい神様からの贈り物である息子をそのまま置いておくためには、あまりにも小さすぎる。
2026リッツ 草稿1
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